子育ては自己犠牲?

不必要に怒ってしまう時

子育てをしていると、過剰に怒ったりすることがあります。

そのような時は大体において、疲れていたり、体調が悪かったり、あれやこれや考えることがあったりと、私自身が冷静ではない状態である時の方が多いです。

常日頃から「余裕をもつ」ということを意識しています。

しかし、中々意識はしていてもできるものではありません。

なぜなら「余裕がある状態」とはどのようなことかはっきりと定義出来ていないからです。

例えば、仕事や家事の合間の自分の時間、TVを観たり、好きな音楽を聴いていたり、本を読んでいたりしている時は一般的には「余裕がある状態」ですが、その時に子どもから何か言われると、少しテンションが下がります。

中には没頭していたりすると、逆に怒ってしまうこともあります。

私たちの時間は全て家族のために捧げなければならないのでしょうか。

洗脳されてないか?

 

私たちの時間は全て家族のために捧げなければならないのでしょうか。

このような考えが出来るうちはまだ大丈夫と思いますが、何も考えず、家族のために生きることが当然と思い、自分を見失うこともあります。

こちらの方が人生の後半からみると、結局何のための人生だったんだっけ、となり、うつ状態に入りやすいです。

私たちは私たちの人生の中で生きています。

つまり、人生を良くしたい、と考えるのであれば、まずは「良く」を定義する必要がありますし、今のままでいい、ということであれば「今のまま」をきちんと定義することが大切です。

冒頭部分の「余裕がある状態」なら、過剰に怒らないと思っていたとしても、それが定義出来ていないと、乱れるのと一緒です。

心理学という学問は色々ありますが、メジャーなところは精神分析や心理療法になると思います。

その中で「抑圧」「投射」「反動形成」という考え方があります。

心理学から観察

「抑圧」とは文字通り、本当はやりたいのだけれど、やると何か自分にとってマイナスなことが起こるため、やらない、という選択をとることです。

「投射」とは「抑圧」された気持ちが周りに映し出されること、分かりやすく言うと本当はお金を稼いで好きなことをしたいのだけれど、お金を持ちすぎると周りから嫌な目で見られたり、お金を持つこと自体に無意識で罪悪感を抱いているため、お金を持たないという選択をします。

そうすると、周りにお金を稼いでいる人がいると本当は憧れを抱くところを、嫌な目でその人を見たり、その人は悪いことをしている、と思います。

これが「投射」です。

自分の本当の気持ちを相手というフィルターを通してみている現象です。

そして「反動形成」とは気持ちと裏腹な行動のことで、好きな人をいじめたくなったり、嫌いな人に懐いてみたり、という心理的な防衛機制のことです。

子育てに心理学を応用すると、抑圧された自分の気持ちを我が子に投射したり、反動形成と言われる行動をとることがあります、ということです。

抑圧から思考の自由を活用

そのような意味では抑圧をし過ぎるのは良くなく、やはり余裕をもつことが必要です。

そして、余裕とはまず、自分の抑圧された気持ちに気付くことから始まります。

子育てでは確かに自分の時間をその子に使います。

問題は使い方と役割の認識です。この子の為にやってあげている、という思考ではキツイ場面も多々あるでしょう。

フォー・ミーとフォー・ユーというバランスを考えながらやると良いと思います。

感覚的に認めたくない部分もあるお話しをします。

それは、結局のところ子育ては単なる投資であると考えてみる、ということです。

感情でただ単にポジティブな感情、好きとか愛しているというのはもちろんあると思いますが、そこに「キツさ」があると、表現の仕方がどこか自分には合っていないということになります。

なにかを我慢してやるというのはストレス耐性を作る上では必要なことですが、我慢し過ぎると今度はストレスに潰され、まともな思考が出来なくなります。

そのような時の逃げ場として、子育て=投資という考え方をもっておくと少しは、余裕ができます。

子育ての逃げ場というと、ネガティブな感じがしますが、本当にお互いを思う以上、もちろんぶつかることもあります。

成長段階において、向社会的行動、つまり思いやりをもった人間に育っていくと、今度は子どもから周りの友人へ、そして社会へ、そして私たち自身へ、と思いやりの連鎖が広がります。

理想論ではありますが、この理想論も子育ての思考の逃避、として現実面も含んでいます。もちろん、子育ての行動の逃避は子どもの身体が育たないので、やるべきではありません。

但し、思考の逃避なら余裕獲得のため、そして、その余裕がその子自身のためになり、降り注ぎ、自立を促すことになるので、良いと考えています。

結局何かしらにおいて「その子のため」という言葉は真になりますし、理由は後付けで「その子のため」につながります。

極端な話、虐待であっても愛情表現というカテゴリ―で括ってしまうと、その子の為になりますが、そこは社会が認めるべきものではないとしています。

自由と不安は一緒

私たちは今自由に選択できる世界に住んでいます。

そして、自由とともにやってくる感情は不安です。

不安は私たちから自由を制限し、安心した世界、つまり不自由な世界を魅力的に映し出します。

もし、私たちが子育てにおいて不安になったりしているのであれば、圧倒的な自由裁量が認められている、ということになります。

正解はない、と言いますが、本当にその通りだと思います。

私が参考にしている連盟のリンクなどを貼っておきますので、育児や家事に悩んでいる方は参考にされてみて下さい。

ちなみに私はおススメのシリコントングを購入したり、炊飯器を活用して時短レシピに今ハマっています。

楽しい育児をしましょう、とすると、楽しいという価値観の押し付けになりますので、せめて、過度に苦しくない、そして、過度に1人で悩まない子育てをして、自分の時間と家族の時間のバランス、自由と不安のバランス、収入と支出のバランス、それらの定義、正確に、ぴっちり固めると頭が疲れてしまいますので、今よりもちょっと具体的に、くらいの感覚で考えてみてはいかがですか?

 

ズボラ主婦連盟

 

 

P.S.

私たちのネガティブやポジティブのバランスや抑圧されている感情を調べるための入り口として、ビジョン心理学のオンライン・セルフセラピーカードもはじめています。

ご興味があれば、メールかラインにてお問合せください。

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