日常習慣

最初は1人でできなかった

 習慣を形成をすると聞くとどうしても主語が「自分」になります。読書であれ、スポーツであれ、みんなで習慣を作るという視点はあまりありません。おそらく、そこが習慣が続かない理由の一つでもあります。

1人習慣、みんな習慣

 私が読書習慣をつけて、1日1冊本を読もうという目標を立てた時、1ヶ月くらいで失敗したのですが、その時「私が」決めた習慣でした。

他にもダイエットをしようとして、運動や食事制限をしていたときも「私が」1人で行う習慣でした。続いている習慣としてはベースや卓球などやはり「チーム」にかかわりがあるもの。この違いはもしかするととても大きいのかもしれません。

仮定の話

 もしも、読書習慣をつけるときに主語を「私たち」にしていれば、まだ続いているかもしれません。もちろん現在も本は読んでいますが、それは仕事上のことが大きく、私が本を読むことで得た知識やデータなどをクライアントさんの問題解決や目標達成に結びつけるため、ということがありますので、「私が本を読むということ」が「私たちの結果」につながることになっています。

 もしも、ダイエットを自分一人の習慣ではなく、私たちで捉えるならば、3、4人で集まって体重を測り、合計体重を1ヶ月で減らす、というものが効果的であったかもしれません。もちろん、○○かもしれない。という域は出ませんが、可能性としては高くなさそうですか?

家庭の話に!

 子育てをしていると、自分一人でやれることは最初はほぼほぼ無いな、と改めて気付きます。そこから家庭で教えたり、支えたりして、1人の人として、社会を動かしていく、ということになるのです。

 習慣も実はそのようなもので、実は1人でできると勘違いしていきなり新しい習慣、望ましい習慣を作ろうとすると、失敗するのかもしれません。物事の捉え方、という点でいくと習慣は試練や自己鍛錬と捉えている人が多いような気がします。そうではなく、私たちの生活の中にいるもう1人の小さな私とか、子どもとか、庭に蒔いた種という感覚で捉えると、違った継続の仕方ができると思います。

 例えば、「まだ、この行動習慣は小さいから、意志というご飯がいる、仕方がない。今日は意思の力でやるけれども、早く1人立ちして無意識にできるようになるんだ!」というような感じです。

 1人でできると思い込まずに、誰かと一緒にやるというのも手段としては大きいです。1人でではなく、私たちの周りにいる誰かを巻き込みながら、私たちの習慣を作って、得たい結果を手に入れていきましょう!

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