人間性心理学はダメだ

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先日教育テレビで「あいだのじいさん」というコーナーを見ました。どのような内容かというと爺さんのぬいぐるみが様々なところに挟まって、ただぼやくというもの。

私が見た時はおじさんとおじさんの間に挟まれた爺さんが「言葉って気持ちがある前はどこにいたんだろう」というもの。

「言葉が無くても気持ちがあるじゃない?じゃ、言葉っていつの時点で覚えて出てきたんだろ。ま、どーでもいいけど」みたいなぼやきでした。

・・・NLPを学んでる方はお気付きの通り、この視点、結構深くないですか(笑)?

言語化のタイミング

確かに言葉の前に気持ち、あるいは意思があり、それを言葉として表現することで、現実に表すことができる、それを私たちは無意識でやってるんです。

神業ですよね!

今月はサイカロ(サイコロジカル・カレッジ)が人間性心理学でしたので、ジェンドリンも丁度似たようなことを言っていたことを思い出しました。

人間性心理学は現象学という、エポケー(判断停止)の態度をとり、事実を先入観無しで経験(体験)を記述することが主軸ですが、それ自体が記述するのは既存の言語であり、経験(体験)そのものではない、ということです。

・・・?

ざっくりいうと、体験は言語に引っ張られてしまうというものになります。

言語化した時点で枠組みに入ってしまうということ。

正しく言うと経験と言語での表現は影響し合うものであり、双方に着目し、その過程すらも研究すべきだよ、ということです。

もう何がなにやら、ということですが、言語化の落とし穴と便利さをきちんと理解しないと、誤った感情を抱くことになります。

もう少し深堀しても良いのですが、それはサイコロで!

今日はあいだのじいさんからお届けしました!

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