地獄を考える

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ポジティブとネガティブ 

 あなたは普段ポジティブですか?ネガティブですか?私はポジティブです。やれないことは何もないと思ってて何もやらないタイプです。ポジティブを突き抜けるとこうなります。

教育あるある

 子どもの言い訳のように「やったら出来るんだから、今やる必要もないだろう」と思っています。宿題をしようとしたら「今やろうと思っていたのに言われたからやる気をなくした」と意味が分からない言い訳をするタイプです。絶対にやろうと思っていなかったのです。「あと少ししたらやろう」とは思っていたかもしれませんが「今」ではありません。

しかも、思っていただけで、行動していなければやっていないのと一緒。だから言われたのです。さらに、「言われたからやる気をなくした?」やらないといけないのは自分なのに人のせいにする?もう放っておこうか。・・・みたいな気になります。しかも、言わないなら言わないで、学校の先生に怒られたら、「言ってくれなかったから忘れたじゃないか!!」だと?何様だ!

となるような感じです。

途中から私ではなく、私の子どもに接している風になっていますが、私の子どもも私と同じようにきっとポジティブなのでしょう。

ポジティブの弊害

 これは性格ではなく思考習慣として捉えています。今までの経験上なんとか「なってしまった」ので、問題が大きくなるまで放っておいてしまうという思考が定着しているのです。今回のコロナも同じような思考で乗り切ってしまうと運任せの営業や経営をしてしまいます。何とかなる、あるいは何とかするというのは「出来る」という点では素晴らしいかもしれませんが、私たちの人生には絶対に何ともならないことが1つだけあります。それは死ぬことです。そのこと自体は避けられません。どのような人間も死んでしまいますし、何とかなるやろ、といくら考えてみてもなんともなりません。

何ともならないことと習慣をつなぐ

 習慣形成ではこの何ともならないことを利用することが多々あります。自己啓発セミナーでもこのことはよく言われていますし、プロファイリングでも似たような話法は用いられてます。では、次のことを静かに考えてみて下さい。

ひと呼吸置いて下さい

 私たちには今頑張っていることがあります。一歩ずつ、ゆっくりではありますが、積み上げています。時には息抜きもして、毎日を生きています。ある日、私たちの呼吸が少し苦しくなっていることに気付きます。しかし、まだ、ゆっくりと頑張っています。

そのことから目をそらしていくと、今度は起き上がる時、膝が痛くなってきました。歩くことも辛くなり、病院に通うもあまり良くなりません。

寝たきりになりました。

 一歩ずつ積み上げてきたものはとうとう達成することができませんでした。日々の暮らしに感謝することもなく、少しばかりの努力と楽しさを追い求めた、、、いや、今、考えると楽をしたかっただけの人生だったと思います。楽しいことはやって、嫌なことは人のせい。誰かと比べて喜んだり、怒ったり、泣いたり。そこに自分はあったのか・・・

積み上げてきたものは誰に受け継がれる訳でもなく、何を残す訳でもなく、消毒液の匂いがする病院。

息苦しさ、膝の痛みや節々の痛み、目もあまり見えず、周りの声も雑音のようにしか聞こえません。たった一人。。。流れ作業のように病院関係者があなたを見に来ます。明日は目を開けられないかもしれない。明日は目覚めても明後日はこの世にいないかもしれない。そう思うと夜も眠れません。たった一人。。。そうして、ゆっくり息を引き取るのです。

死をぶつけて奮い立つ!

 歳を重ねると私たちは必然的に死を意識するようになります。しかし、目の前の仕事に追われていると「死」は私たちの思考から離れています。正確には私たち自身が見たくないから見ないのです。この「死」に向き合うと習慣は加速します。特に健康習慣は段違いで良くなります。今、暴飲暴食をすると、たった一人。目も見えず内臓も苦しくなり、ゆっくりとも息を引き取れず、苦しみの中、死んでいく・・・。書いてても嫌です(笑)。

 でも事実そうなるかもしれない、と思うと健康的に生きようと思います。本日Twitterをしていると毎日生きていることが嬉しいこと、と言ってくれる方がいました。本当にそう思います。では、感謝しつつ、次世代にパスできるように頑張って習慣サポートしていきます!

死は明日かもしれない、半年後かもしれない、そう思うと今の時間の使い方が変わってきます。

P.S.

タイトルこそ「地獄を考える」ですが、死でなくとも最悪の結果を考えることで行動が加速するなら大丈夫です。

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