コーチングコミュニケーション日常

正解不正解の判断

子どもとの会話って結構深いトコついてくるな、と思います。

本人たちはおそらく、深いトコついてやるぜっ、とは思っていないと思いますが受け取り手の私たちからするとそれが本質だと思い知らされます。

という話が先日ありました。

それは、私が当たり前クイズを出した時に起こりました。

当たり前クイズとは当たり前のことをクイズ形式にして聞くというクイズです。

問題:カラスは鳥でしょうか?(この問題も10回目くらい・・・)

子ども:「鳥って!!」(めんどくさそうに)

私:「ぴんぽーん!正解」

子ども:「正解じゃなくて、知ってるだけと!!

・・・深くないですか(笑)?

と、このように私たちは正解か不正解にこだわり過ぎではないでしょうか。

合ってれば良かった。

違ってたら残念だった。

そういう意味付けを無意識にも意識的にも刷り込まれてい過ぎではないでしょうか。

やっぱり環境によって合う、合わないという状況もあると思いますが、決してそれが良かった、ダメだったとはならないはずです。

言葉的には「適していた」「不適切だった」となるはずです。

あくまで日常会話においてですよ?

そこまで難しい感じの話ではなかったのですが、子どものこの

「正解やないと!知ってただけと!」

という言葉は結構考えさせられるものがありましたね。

その通りだな・・・。

他にもたくさん正解していれば優秀とか、そんな概念に縛られないように自然に生きていたいですね。

普通に生きるというのと自然に生きるというのももう違うような感じです。

ただ、自然に生きることを心掛けて生きるとしても、それはもはや自然ではない、とかなるんでしょうけど。

一旦こころに手を当てて、落ち着いて本当の自分の声を聞くようにしてみると、何か分かるかもしれませんよ・・・?

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